ろぶの朱印帳3冊目

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[東京]環七「土佐っ子ラーメン」伝説の背脂チャッチャ系ラーメン(保存)

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環七沿いでかつての人気ラーメン店「土佐っ子ラーメン」についてまとめた記事を見つけたので保存用に書き留めます。

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土佐っ子ラーメン

 

1970~90年前半にかけて、「東京都板橋区常盤台1-58-3」の環状七号線沿いにあったお店が「土佐っ子ラーメン」

「ホープ軒本舗」の創始者である難波氏が始めた貸屋台業のうちの1つが後の「土佐っ子ラーメン」の原点となった。環七ラーメン激戦区の礎を築いたお店でもあり、その代表格でもある。
背脂チャッチャ系ラーメンの元祖とも言われ、一時期はその絶大な人気ぶりに、環七に土佐っ子ラーメンによる渋滞ができたほどと言われている。
また、1ロット17杯をまとめて調理し、お客には食券の替わりに、赤い箸と白い箸を渡し、その箸を目印に完全入替え制を導入していたことでも有名。

その土佐っ子ラーメンの歴史だが、非常にややこしい。管理人もネット上などの情報をかき集めたものの、どれが本当でどれが間違いなのかが判断しかねる部分が多々ある。とりあえずは、憶測も交えて一通りをまとめてみた。

 

◆初代土佐っ子
絶大な人気を誇った「土佐っ子ラーメン」の初代店主は、その後莫大な借金を背負ったため、そのカタに店の経営権が移ってしまったようだ。ちなみに借金の理由は、バブル期の不動産による借金、博打による借金など、諸説あるが詳細は不明。

 

◆土佐っ子ラーメン(なすび)
経営権が移った後、しばらくは「土佐っ子」という店名で営業していたが、その後店名を「なすび」に変更。(店名を正式に変更したのか通称が定着したのか、やや不明確。いずれにせよこの頃のお店は「なすび」と呼ばれている)丼になすびのマークが入っていたそうだ。
当初は初代土佐っ子からの顧客も多く来店していたようだが、初代とはかけ離れた味に、お客さんはどんどん離れていく。一時期、栃木県那須に支店があった模様。

その後、オーナーと店員との意見対立から、衝突や確執が発生したことで土佐っ子一派は分裂。分裂後しばらくして、「土佐っ子ラーメン(なすび)」は閉店。

 

————————–ここから先が分裂後———————-

■元祖環七土佐っ子ラーメン
なすびに残った店員(経営陣も含めてかな?)がなすび閉店後に新宿歌舞伎町にオープンさせるが1年もたずに閉店。その後、練馬に場所を移すも、こちらも閉店。
後に「土佐っ子」の商標権に絡んだ問題が勃発しているが、商標権を取得したのはこの系統かと思われる。
なお、この商標権はこの「元祖環七土佐っ子ラーメン」(なすび系統)の消滅後に、次の「元祖環七土佐っ子ラーメン本店」に売却したと言われている。

 

■元祖環七土佐っ子ラーメン本店
何処から出てきた系統なのか不明だが「土佐っ子」を名乗り、2000年に千葉県松戸市にオープン。当初は、上記「なすび」の流れを組む「元祖環七土佐っ子ラーメン」と商標権の問題で争っていたが、その後なすびの系統が消滅したことで、商標権を買ったと言われている。しかしこちらのお店もその後閉店。

 

■下頭橋ラーメン
なすび時代に分裂してできたお店。当初は別の場所で「元祖土佐っ子ラーメン」の店名で営業していたが、「土佐っ子ラーメン(なすび)」閉店後その跡地に「下頭橋ラーメン」として移転オープン。
なお、店名に「土佐っ子」を使用しなかったのは、「土佐っ子」を商標登録され、使用できなかったためと思われる。ちなみに、下頭橋とは初代店主が屋台時代に営業していた橋の名前。一般的に「土佐っ子」の正式な流れを組むのはこの系統とされている。
※この系統には初代店主が関わっているような情報もあったが詳細は不明。
2007年頃に、ときわ台駅と上板橋駅の間、板橋区常盤台3-10-3に場所を移転させている。また、下頭橋ラーメンの、のれん分け店が埼玉県戸田市にある。

 

■環七土佐っ子ラーメン(池袋) 
初代土佐っ子店主のお店が衰退し始めた頃に、店主が愛人に与えたと言われるているお店。初代土佐っ子店主の離婚した前妻が経営しているとの情報もある。メニューには普通の醤油・味噌ラーメンや、中華定食などもあり、他の土佐っ子一派とは明らかに異なる路線。
※ちなみに現在でも「土佐っ子」を名乗れるのは、なすび系統土佐っ子一派の商標登録前から使用しているためかも。(あくまで予想)

 

■平太周・一秀
同じく環七沿いで、初代土佐っ子の場所から板橋本町の方へ少し進んだ場所に、平山雄一氏が土佐っ子ラーメン関係者ら3名と独立して始めたお店。店名は3名の頭文字を取って命名。
土佐っ子ラーメン黄金期に最も近い味と言われ土佐っ子ファンが多く訪れた。その後、品川区大崎にのれん分け店「平太周 味庵」ができたが、本店である環七沿いのお店は閉店。
なお平山氏は閉店前の2008年に新しいラーメンをプロデュースするため平太周を離れ、「韃靼ラーメン一秀」を豊島区池袋にオープンさせている。現在でも、そのお店の「特製ラーメン」が土佐っ子ラーメン黄金期の味に最も近いと噂されている。
※下記の写真が韃靼ラーメン一秀「特製ラーメン」

韃靼ラーメン一秀「特製ラーメン」

追加情報として、平山氏はなすび時代のオーナーの別荘で内装をやっていた職人さんで、料理好きとの事から、なすび那須店の運営を任されることになった。また、平山氏はなすび時代の分裂時に独立したのではなく、元祖環七土佐っ子ラーメン系統の練馬移転時まではなすび系統に所属していたとの情報もある。(情報の出所が一ヵ所のため情報の信憑性は保障できない)

 

■じょっぱりラーメン
当初は、練馬区練馬に「練馬ラーメン(環七土佐っ子独立店)」として営業していたが、2006年に板橋区下赤塚に「じょっぱりラーメン」と店名を変更して移転している。店主がどの時代のどのお店に関連しているかは不明。

 

■環七ラーメンてらっちょ
平太周の店主(平山氏かな?)夫人の妹の旦那が千葉県我孫子に開店させたお店。当初は「土佐っ子ラーメン」の店名だったが、いつの間にか「環七ラーメンてらっちょ」に店名が変更されている。平太周での修行経験があり、創業後間もなくは仕込みを一緒にやっていたとの噂もある。

 

以上保存用記事でした

 

 

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